
11月16日、大阪集会は会場300人以上、オンライン200人以上の人々がパレスチナ現地からの思いに耳を傾けた。

「月桃の花」歌舞団のエイサーで集会が始まった。冒頭、アローシュさんの息子、ヨルダン川西岸在住のゼインさん(13歳)とオンラインでつながり、スピーチが響いた。
「今日はガザ(パレスチナ)の子どもの代表として話す。将来の夢を学校のノートに書くはずが現在は難民キャンプに。子どもは病院で死んでいるただの数字ではない。だが、何が起こっても、子どもたちは諦めない。明るい未来を望んでいる」と語る。
息子と同じ頃14歳の時、インティファーダ(非武装の民衆蜂起)でイスラエルに逮捕されたアローシュさん。講演、質疑でも、涙を抑えきれず、「私たちの世代より苦しんでいる子どもたちが平和に生きる未来を何より大切にしたい。非暴力抵抗運動がもっともふさわしい」のメッセージに会場には共感の涙が広がった。



11月5日に行ったファナック全国一斉抗議行動や運動報告では、「微力だけど無力じゃない」の言葉を胸に一人でも街頭で自転車写真展を行い「今日から微力を始めましょう!」。


イスラエル軍関係者の予約キャンセル依頼の解雇撤回裁判闘争を語ったジェロニモさんにアローシュさんは「労働者の闘いはとても重要」と固く手を握る。

『Free Palestine」』の大合唱で参加者は一つになった。

集会後のユース交流会では、
- 日本語学校の韓国人学生「日本でも韓国でも一緒に抵抗できたら」
- 京都の学生「スマホでは人が殺されていても感覚が麻痺してしまうが、アローシュさんに会え、家族が殺されているのを肌で感じた」
など、次々と感想が寄せられた。
■アローシュさんの講演要旨

私の住むトゥルカレムは人口約30万人。イスラエルの国境と接している。2002年イスラエルが分離壁をつくり、自由な往来を奪った。子どものころは地中海に行けたが、今は行けない。トゥルカレムは完全に閉鎖されている。他の市にすら行けない。
西岸地区の大半の農産物を生産する農業地帯だったが、耕地はイスラエルの入植地にされてしまった。イスラエル政府は地図を配り、「あなたの家は時間が経ったら政府のものになります」という通知のみで住民を追い出す。
追い出した後は、イスラエル軍の基地や武器工場をつくっている。すでに12の武器工場がつくられてしまい、廃棄物で肺がんが増えている。
ビジュリの武器工場の際は国際的にも人々が集まり抵抗したが、イスラエル軍が発砲して、建設を強行した。
この数か月で2つ難民キャンプが完全に破壊され、4万人の人びとが再び難民となった。
イスラエルはすべての病院を閉鎖し、救急車を銃撃する。住民から医療を奪っている。私の妻も糖尿病で治療が必要だが、インシュリンも手に入らず、苦痛に耐えている。
大学が基地にされ、学校も閉鎖となった。登校しようとした子どもが射殺される悲劇も起きた。毎日のように学校を襲撃されている。
家の近くにイスラエルの監視塔ができた。2か月前、自宅を襲われ、家の中の図書を全部燃やされた。妻も子どももとても怖い思いをした。私は不在だったが、もし在宅時だったら命を奪われていただろう。
ガザの200万人の生活は困難を極めている。ほとんどがテント生活。冬季の雨で水びたしになっている。
爆撃での死者は7万人(実際は20万人にのぼると推測)。
パレスチナ人はハマスの武装抵抗を支持しているわけではない。私たちは平和を求めている。われわれは非暴力の闘いが最も効果的だと考えている。
1987年第一次インティファーダのとき私は子どもだった。「石の子ども」と呼ばれていた。物心ついたときにPPSF(パレスチナ人民闘争戦線)に入った。
パレスチナ問題は全世界の問題だ。中東地域や宗教の問題ではない。80年間続く占領、アパルトヘイトを終わらせ、平和を実現することだ。
国際社会がパレスチナ支援の行動を起こさないことは、イスラエルの戦争犯罪への加担と同じである。
日本政府・企業に圧力を。
パレスチナの問題を終わらせ、人間の未来をともにつくろう。

(寄せられた感想)
- アローシュさんの話を聞いて写真や動画では伝わってこなかった現地の生の声を聞き胸が痛くなった。
- アローシュさん達が置かれてる状況がどれだけ悲惨か痛いほど感じた。
- 今日のアローシュさんのお話、どれも強く共感できるものばかりで勇気を貰うと同時に気が引き締まりました。
- 知らなかったことばかりです。天井のない壁で囲まれた国家は自由がない。イスラエルにどんな理由があろうと人間が生きる権利を奪うことは悪事であり許されない。
- 「もっと関心を。イスラエルへの抗議を」と強く訴えていたことにどう応えていくか問われていると思った。