パレスチナ連帯ツアーを終えて モハマド・アローシュさんの詩(2)光の橋としての連帯が生まれるとき――パレスチナから日本へ

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11月17日に帰国したモハマド・アローシュさん[PPSF(パレスチナ人民闘争戦線)政治局員、PWSU(パレスチナ労働者闘争ユニオン)委員長]が大阪集会参加者の全感想を読み、また詩で返してくれました。

光の橋としての連帯が生まれるとき――パレスチナから日本へ

ムハンマド・アローシュ

私の日本への旅は、包囲された岸辺から夜明けの息吹に洗われる群島へと単に地理的に移動しただけのものではありませんでした。
それは、距離では測れず、時間にも縛られず、ひとつの言語に翻訳できない――人間性というまったく新しい領域へと情感と魂で渡っていく旅でもありました。

私は「ZENKO」からの招待を受け、パレスチナの痛みと尊厳を携えて旅立ちました。
背後には、傷を忍耐で包帯のように巻き続ける我が家があり、熾火のような不安を吸い込みながら暮らす家族がいます。
しかし日本に着いてみると、日本はその静かで洗練された気風のままに、大阪から京都へ、滋賀から広島へと、まるで私を自分の家族の一人として迎え入れるかのように、広い人間の懐で迎えてくれました。

日本で出会った友人たちは、私の証言を単なる政治的出来事として聞いたのではありません。
彼らは、目の前で血を流す傷のようにそれを受け止めてくれました。
私は、海の色すら知らないまま、壁によって地平線を断ち切られてしまった子どもたちの話をすると、彼らの目の奥に澄んだ痛みが浮かぶのを見ました。
十三歳にして、年齢をはるかに超える意識を背負い、瓦礫の現実を踏みしめながら失われていく自分の子ども時代を守ろうとした息子の話をすると、多くの人の頬を涙が濡らしました。
どの街でも、どの会場でも、私の言葉は私が口を開く前に、すでに聴衆の胸の中で形を成しているのを感じました。

彼らはまるで、初めてパレスチナの声を聞いたかのようでした。
それは“通り過ぎるニュース”ではなく、
ひとりの人間の肉体から語りかけてくる物語として。
人びとは一つひとつの言葉を遺言のように書きとめ、
まるでガザの子どもの手を握って「落ちないように」と支えるかのように、私の語る一瞬一瞬に寄り添っていました。

ある人は言いました。
「私たちは真実を忘れさせはしない」
別の人はささやきました。
「あなたの言葉で、パレスチナの抵抗が政治ではなく、人間の尊厳を取り戻す闘いだと分かった」

そして私の心をもっとも揺さぶったのは、
多くの日本の友人たちが、
広島の記憶とパレスチナのナクバの傷が同じ痛みの線上にある
と語ったことです。
――もう二度と、新しい戦争の燃料として子どもが生まれてはならない。
大阪では、三百人を超える参加者が集まってくれました。
その場で私は、
「もうパレスチナは一人で旅をしていない」
と感じました。
私の言葉の一つひとつが、新たな連帯の一歩となり、
誰かの涙が、長い喪失に疲れきった私の心に
少しずつ癒しを戻してくれました。

多くの人が言いました。
「映像では動かなかった心が、あなたの声で動いた」
「パレスチナの子どもたちの未来が、日本の子どもたちの未来に重なって見えた」と。

私は非暴力抵抗について語り、
世界を変えるのは武器ではなく“真実”だと伝えました。
人びとは深くうなずき、
占領が痛みを憎しみに変えようとしていること、
しかし抵抗の本質は“生命を取り戻す行為”であることを理解していました。
そして彼らは、
政府が武器産業に目をつぶるときには声を上げ、
BDS運動を支える勇気を持つと約束してくれました。

彼らがくれたものは「政治的立場」ではありません。
完全な人間の織物のような“支え合い”そのものでした。

折り鶴を折り、「ガザに自由を」と願いを託す人。
震える文字で手紙を書いてくれた人。
「あなたは私たちの家族です」と言ってくれた人。
自分の子や孫のことを語りながら泣いた人。

パレスチナの子どもたちの苦しみが、
距離という壁を突き抜け、
日本の家庭の胸の奥にまで届いたのです。

私が仲間の殉職者の話をするとき、
家々の破壊を語るとき、
治療すら受けられない女性たちや母たちの話をするとき――
会場の顔には深い悲しみが浮かびました。
しかしそれは絶望には変わらず、
新たな意志へと変容していきました。

日本は、
「連帯は一時の感情ではなく、長く息を続かせる決意だ」
そう教えてくれたのです。

この旅は、私に一種の“癒し”を与えてくれました。
長い喪失と不在に痛めつけられた胸に、
再び呼吸できる場所をくれました。
滋賀、京都、広島、大阪で私の前に立った人々は、
単なる聴衆ではなく、
私たちの共有された人間性の澄んだ鏡だったのです。
子どもの話をすると泣き、
希望の話をすると微笑み、
非暴力抵抗の話をすると共に立ち上がり、
ガザの話をすると
「あなたはひとりじゃない」と返してくれました。

日本を離れたとき、
私はまだ胸の中で遠い歌のように響き続ける、
数々の言葉に支えられていました。
日本の友人たちは、
私の魂に再び“光を吸い込む力”を戻してくれたのです。

連帯とは、ただのデモではない。
継続する行動であり、
命を救い、歴史を変える力になりうる。

日本で見たものは、
単なる共感ではなく、
根を深く地下で結び合い、風に倒されないよう互いを支える
高貴な人間の同盟でした。

だからこそ、私は出会ったすべての人に言いたい。
あなたたちは私の話を聞いただけではない。
パレスチナそのものに耳を傾けたのだ。
子どもたちの鼓動に。
母たちの叫びに。
男と女たちの意志に。
そして言葉を超えた真実に――
人びとが共に立てば、
世界はもっと広く、優しい場所になりうるという真実に。

理不尽があふれる世界で、
あなたたちは、
人間性はまだ自らを救う力を持っている
ということを、私に再び信じさせてくれました。

ありがとう。
あなたたちは、私が再び前に進むための光を、魂に戻してくれました。