ソソンリ サードニュース 2022.1.4(火)

ホームページ「ソンジュ サード日記」より、一部抜粋(https://cafe.daum.net/tjdwn4d/E6wK/2020

訳:ZENKO 河辺 (2022.1.13)

◆キム・ウンジョンさん

2022年1月4日火曜日朝6時30分
ソソンリ村会館前
※69回目 警察作戦及び不法サード基地工事に対応するソソンリ平和行動※
2022年初の平和行動!!!新しい心でサード撤去

平和闘争を誓う。新年からまたも作業員と工事資材及び装備が配備された。臨時配置だと主張するが、正式配置と変わりないものだ。
政府と国防部はいつも嘘ばかりを並べるだけだ。

2021年12月2日に開かれた第53回韓米安保協議会議(SCM)共同声明前文6番の内容を見ると、「また、両大臣は、星州基地サード砲台の安定した駐屯条件を設けるための片方の努力を評価し 、定例的で自由な接近という最終目標に向けて緊密な協力を続けていくことにした。」という部分が出てくる。

 ますます私たちの闘争がより大変になると予想される状況だ。
しかし、私たちは最後まで闘う。

2016年7月、私たちの息子や娘を含む多くの学生が権利の主体として平和的な活動に参加し、社会的問題と不合理に対抗し、生存権のためにろうそくを手に取った。ファン・ギョアン(黄教安)大統領権限代行(パク・クネ大統領が弾劾された後の大統領臨時代行)が来た日にも、制服を着て出て「サード配備 絶対反対!」「我が国はアメリカですか?」「朝鮮半島どこにもサードは必要はない」というプラカードを作りスローガンを叫んだ。高1、中1だった子供たちがいつの間にか23歳、20歳になったのだ。

熱いアスファルトよりも熱かった私たちのサード反対闘争
サードよ行け、平和よ来い!と叫んだ雄たけび
警察や公務員までもがロウソクを灯し、一緒にサード反対を叫んだあの日々をどうして忘れることができようか?

私の子供と子孫に今のような韓国を譲りたくなかった。
私がサード撤去闘争をするのは、私の今の暮らしをより良くしていくためではなく、私の子が…私たちの子孫がよく住むために闘うのだ。
韓国は憲法上は独立主権国家だが、米国の属国と同じだ。

私の子供たち、子孫には、このような恥ずかしい国ではなく、正義が貫かれた幸せな世界、平等で人間らしく生きることができる本当の大韓民国で生きていくことを望む。

シン・チェホ先生がこのようにおっしゃった。
「自分の国を愛そうとする者は歴史を読み、他人に我が国を愛させようとする者は歴史を読ませるだろう」と…。根を知らなければ地上に立つ力がない。誰も倒せない私たちの闘争は必ず勝利するだろう。
サード抜き平和を植える2022年度になってほしい。

歯が抜けた虎ではなく、勇猛で力強い虎のオーラで
サード撤去、在韓米軍撤退せよ!

「2022年にはサードを抜いて米軍を抜こう!」

「ソソンリ平和を踏みつける警察は出て行け!」

「朝鮮半島の平和を脅かす韓米連合訓練を中断せよ!」

「平和と統一の道を遮り分断を固着化させる国家保安法を廃止せよ!」

「大韓民国の主権と平和、生命と安全を脅かす駐韓米軍は撤退せよ!」

「ソソンリからサードを抜け!警察も抜け!米軍も抜け!」

◆ヨルメさん

今日のソソンリ。米軍に道を開けるための69回目の警察侵奪がある日だった。69という数字は2021年からこれまで警察に侵奪された数字だ。サードがソソンリに配置されると決定されてから今まで警察に無残に踏みつけられた数字を数えれば何百回にはならないだろうか。

今日の朝食はフグ社長が朝早くスケトウダラのスープとおかずを準備してくださった。食べ物を準備したのはソソンリ婦女会長様とおばあさんたちだ。夜明けから台所に入り、米を洗って炊飯器の上に置き、スープはガス火の上に置いて、集会場所に出て座った。警察に引き抜かれるまで台所を何度も行き来しながら、こちらと向こう側を気にしなければならない仕事だが、一度も厭わずに今日まで行ってこられた。

だから警察に引き抜かれた時にもしかしたら怪我をするかもしれないと気をもみながらも、警察と住民との間を行ったり来たりしなければならない。その後、道路の集会が終わればせかせかと急いで台所に入りご飯を配る準備をする。

とにかく、村を守る仕事も。ご飯を作り食べることも戦争だ。毎日が大変だ。それでも今日まで何年もこのようにしてきているのが不思議だ。